「――カレン、カレンってば」

重たい意識の向こうから、誰かの声が聞こえる。
誰の声だろう。注意を向けようとしたところで、私は自分が眠っていたことに気付いた。
どうやら机に突っ伏していたらしく、丸まった背中がぎしぎしと痛む。
硬い机に、同じく硬い椅子。
間違っても自分の屋敷のものじゃない。
アジトで仮眠を取るにしたって、もう少し良い場所に寝かせてもらえるだろう。
一体なんの席だっけ――私はぼんやりと思考を巡らせ始める。

「聞いてる? ……まだ頭が寝てるのかな」

耳馴染みのあるようなないような、不思議な優しい声。
思い出した。この椅子と机の感触は生徒会室だ。
頭の中がだんだんクリアになっていく。重たい瞼をうっすらと持ち上げる。
目の前の人は、たぶん―――…

「――――スザク?」

「おはよう、カレン。やっと起きたね」

私はまだ、夢を見ているのかもしれない。
だってまさか、目を覚ましたらスザクが目の前にいるなんて。
友人のシャーリーでもなく、人の失態を目敏く皮肉ってきそうなルルーシュでもなく、枢木スザク。
うん、これは夢だ。夢。意味がわからないじゃない。
そう思ってもう1度目を閉じた。
もう1度目を開ければ、そう、いつもの、私の、部屋に――――

「カレン、寝ちゃうの? 今寝たらもう夜だよ」

――――え?夜?
がばっと起きて時計を見る。
時計は私の部屋のものじゃなくて、やっぱり生徒会室のものだった。
そうか、これは現実なのか――――と考える余裕もなく、
急いで時刻を確認すると、もう夕方だった。

「うそ………まだお昼過ぎのはずじゃ」

そう、私は昼休みに生徒会長に書類の整理を頼まれて来たんだった。
なのに今は夕方だなんて! そんなに寝てたの、私!?
というか、

「午後の授業は……!?」

「ああ、先生にはちゃんと言っておいたよ。
 『カレンは具合が悪くなって寝てます』って。
 よっぽど疲れてたんだね」

病弱キャラにしといてよかった……!
内心でガッツポーズをする。
レジスタンス活動が忙しくてつい――なんて、悔しいけれどこのアッシュフォード学園で言えるはずもない。
安堵すると同時に、もう一つの疑問がこみ上げてくる。
シャーリーたちも一緒だったはずなのに、なんで今はスザク一人なんだろう。

「他のみんなは、どうしたの?」

「午後の授業があるからって、教室に帰ったよ。
 僕もいったん戻ったんだけど、カレンが心配だったから。
 授業が終わったあとに戻ってきたんだ」

思わず顔が赤くなったような気がした。
心配とか、真顔で言われると少し恥ずかしい。
いつもはそんなことないのに。

「あ、ありがとう……」

ああだめだ、スザクの顔が見られない。
うつむいたままの私の顔を、スザクが心配そうに覗き込んできた。

「どうかしたの、カレン?
 もしかして本当に具合が悪くなってきたとか?だったら今から保健室に」

「ち、違うの!あの、じゃ、私、帰るから……!」

慌てて取り繕うみたいに喋ってしまう。
こんな言い方じゃ、余計に心配されちゃうじゃない!
急いで帰ろうとする私を、やっぱりスザクは引き止めた。

「本当に大丈夫?倒れちゃったら困るし、途中まで送っていこうか?」

スザクと一緒に帰るなんて……!
なんだか恥ずかしいし…………
それに帰り道に何かのはずみで正体がばれたりしたらまずい。
ここは引き下がってもらわないと!

「だ、大丈夫!大丈夫だから――――!」

「でももうすぐ暗くなるし、最近『黒の騎士団』とかいう危ない人たちがいるみたいだし」


……。

――――黒の騎士団。
それは、間違いなく私の属している組織の名前。
やっぱりこういう目で見られてたんだ、私たち。
……スザクだけには絶対に正体がばれませんように。