「にゃー」


ふいに、膝の上に乗っていた猫――アーサーの両前足を掴み上げてみた。
特に意味はない。なんとなくやってみただけだ。 
この部屋――――生徒会室には、今は自分と猫であるアーサーしか居なかった。
生徒会の活動があるかもしれないと思って来たけれど、生徒会室に居たのはアーサーだけだった。
休みだったのに、うっかり来てしまったらしい。
それなら帰ろうかと思ったとき、アーサーにじゃれつかれてしまい、こうして一人と一匹で遊んでいた。


そういえば、前に同じように遊んでいた人がいたなあと思う。
枢木スザク、というのがその人の名前だった。
クラスメイトの彼は猫好きなようで、いつもアーサーと遊ぼうとしている。
だけど、大抵は引っ掻かれるか噛まれるか威嚇されるかのどれかに終わってしまう。
さっきの私みたいにアーサーの前足を上げた時だって、腕を噛まれた上に蹴られていた。
どうも、猫に好かれない体質みたいだ。
アーサーの方からスザクと遊んであげればいいのに、と常々思っている。

「どーしてスザクと遊んであげないのー?」

やはりなんとなく、アーサーに語りかけてみる。
アーサーはにゃあと鳴いたけれど、承諾の返事ではないだろうなと思った。


どうして彼は猫に好かれていないのか、たまにぼんやりと考えることがある。
彼は誰にでも優しいし、勿論、猫にも優しく接している。
彼自身に問題があるとは到底思えないけれど。
それなのに、どうしてこうも猫に好かれないのか。
ただ単に、アーサーだけが彼を嫌っている訳ではないらしい。 
彼が、猫には嫌われてばかりだと話してくれたことを覚えている。
―――いつも片想いばかりだという彼の表情は、少し寂しげに見えた。
その言葉は、多分、猫だけの話ではないと思う。
どこか遠くを見るような、寂しげな顔。
彼は、もしかしたら、本当に片想いをしているのかもしれない。

――――私の知らない、他の誰かに。



「痛っ」

考えこんでいたら、突然アーサーに噛まれてしまった。
甘噛みとはいえ、私、今まで噛まれたことなかったのに。どうしてだろう。
原因を考えてみる。
今まで考えていたのはスザクのこと。
まさか、彼のことを考えたのがわかって苛ついた……わけないし。

「痛っ」

また噛まれてしまった。
立て続けに二回も噛まれるなんて、何か怒るようなことをしたのだろうか。
さっきも、今も、えーと……
……あ、もしかして、猫って、考え事をしながら上の空で接するのが嫌いとか? 
スザクもそれで怒られてしまったのかもしれない。


「ごめんね、アーサー。せっかく遊んでるんだから、自分のことだけ見ててくれなきゃ嫌よね」

そうかそうかと一人納得して、お詫びにアーサーを撫でてあげると、もう怒っていないみたいだった。
よかった、と安堵するとともに、違和感を覚えた。

――――あれ、スザクもこうやって謝ってるはずなんだけど。
――――スザク、この後いつも噛まれ直されてるんだけど。
――――やっぱり私の思い過ごし?


このあと少し考えた結果、彼からは何か獲物の匂いでもするんじゃないかという結果に落ち着いた。
まあ、やっぱり体質の問題じゃないかな、ということで。
……ご愁傷さま、スザク。

 

 

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